錦繍のわち
日時: 2009年11月17日
わちへ通い出して3回目の秋。紅葉の名所に比ぶべくもないのですが、今年は割とキレイに染まって
います。和知は取り分け植林が多く、年中杉、檜が青々と茂っています。荒れ放題の植林が問題に
なっていますが、本当に広葉樹の山を見るとほっとします。山や森は食物連鎖のまっただ中にあり
生物に取って重要なフィールドになっていることや、植林されている山肌はやはり植物が自生せず
雨水がその表面を流れていきなり川に流れ込みます。大雨で土砂崩れが起きるのは大体急勾配に
植林された斜面が多いようです。しかし、戦後人口が急激に増え住宅が不足がちの時に国の政策と
して植林が奨励され、和知のような農耕地の少ない山間地では主要な産業であり、唯一生きる生業
であったわけで、今更とは云うものの過疎高齢化と密接に関連した本当に悩ましい問題でもあります。
と、いうことで今回の画像はいつも山の家で使っている湧き水を汲みに行く「下乙見」で見つけた
色づいた木と民家です。それと動画に挑戦してみました。府道へ入り見慣れた和知富士を横に走る
「通勤道?」です。編集も勉強してわちや山の家をご紹介していきます。お楽しみに。
最後に、ちょっと「営業?」、今年も餅つきイベントやります。毎年子どもたちだけでなく、結構親御
さんや大人が夢中になる餅つき。つきたてがサイコーにおいしいお餅つき。ニュース欄にもアップ
しますのでご覧ください。それと一昨日15日から猪猟が解禁になりました。すでに何組かボタン鍋
のご予約もいただいています。年内にとれた猪がうまいです。こちらも是非。
かまど
日時: 2009年10月20日
山の家では、お米を炊くかまど作りをはじめています。
実は、私たちが山の家を京都府、京丹波町からお預かりして早3年目。その間、地元の方々と
仲良くなり色んなお話を聞く中で、このあたりの村々はあと20年、いや10年たてばどうなって
しまうのか、と思い始めました。山の家がある「上粟野村」は戸数17戸、30人ほどですが、
7割くらいが70才以上だと思います。すでにご近所に米作りは任されて引退されいる方も
多いようですが80才まで畑仕事ができるとしても、あと5年、10年で仕事のできる人は10人
残るかどうか。農繁期には都会に行った子供達(と行ってもお若くて40才くらいでしょうか)が
帰って手伝ってくれるお宅もありますが、子供達が帰ってきてすんでくれても農業だけではいくら
の収入にもなりませんし...。この辺りはもともと林業が主体で農地面積そのものが少ないのです。
前置きが長くなりましたが、現在田舎の人口を如何に増やすかと云う難題に取り組んでいます。
京都府では農村振興課と云う行政で過疎対策をしている部署があり、その部署の参事である
小川さん、先日の移動で部署が変わってしまいましたが吉田さんなどが応援してくれています。
「かまどプロジェクト」は京都府職員が新規性のある政策を立案すればそれに調査費程度の
補助金をだしましょう、と云うシステムなのですがそれに応募し、採用されて材料費を府から
出してもらって作っています。村の方達と協力して「かまど」を作ることで先ずはコミュニケーション
をはかるのが目的です。と云ってもまだ形はありません。せめて基礎だけでも我々が作り、かまど
の煉瓦を積み上げるところから地元の方と一緒にやろうと思っています。先週の週末、府の職員と
小川さんが仲良くしている「NPO京都の文化を映像で記録する会」のメンバーなどが来てくれて、
基礎を作る作業と、屋根もかけるのでその柱(檜)の皮むきをしました。下の写真はその時の様子
です。
農地が少ないと書きましたが、それでも耕作放棄地があります。もし読者の方で野菜やお米を
作って見たい方がおられましたらどうぞ私どもにご連絡をください。ご紹介もお手伝いもいたします。
●かまど設置場所に基礎を打つため及び腰でつるはしを振るう小川さん。
●檜の皮むき、意外に手間のかかる作業に頑張ってくれた京都府の職員、NPOのメンバーなどなど。
くりくりくり栗栗栗!
日時: 2009年09月28日
今年の栗拾いは大失敗でした!
いつも9月の連休あたりは実が落ちるのですが、シルバーウィークの間、栗拾いを楽しみに
ご予約いただいていたお客様には本当残念なことで申し訳なかったです。自然のことなので
だれに文句も云えず...。でも、すんません。
ことしは日照不足もありすべての根菜類はじめ、米、黒豆など実の入りが悪いようです。
米はいつもの一割から二割くらい収量が少ないと聞きました。山の家のシェフよしださんも
一人で5反の米を作られています。女性なのでお年のことは云いたくないのですがここだけの
話、もう古希はちょっと前に過ぎられました。5反と一口に云いましてもそうですね1反が約300坪、
の5倍です。一反でおおよそ3石、つまり450キロのお米が取れますから結構な量ですね。
話がお米の話になりますが、このお米を農協に出しますとキロあたり300円くらいで買ってもらいます。
ですからよしださんの場合、2250キロx300円がお米の売上げです。つまり70万円にも
なりません。当然苗を仕入れたり、また田植え、稲刈り、稲刈り後の乾燥などは機械を頼むので
費用がかかります。これだけお米ができて収支とんとんと云ったところでしょうか。
よしださんの人件費は入れずにです。(よしださん、ばらしてごめんね。)実はこれが農業の現実です。
最近農業が見直されて若者や老後の田舎暮らしで農業を目指す方もおられます。田舎への関心が
高まるのは大変結構なことなのですが、夢と現実のギャップがありすぎて挫折が多いのも現実です。
日本の農業の現状、田舎の過疎化、植林の放置、害獣の被害、地方自治の崩壊(過疎のため)など
など、本当に悩ましいことがらがたくさんあります。一見のどかに見える田舎の風景には、こういった
現実が潜んでいます。みなさん、山の家へ来られたり、田舎の農山村へ行かれたときはこんな視点
から見られると少し違った風景に見えるかも分かりませんね。
今年のお米ですが、収量は多少落ちましたが、味は大丈夫です。よしださんに早速新米を
いただき、我が家でたいへんおいしくいただきました。山の家近辺のお米は由良川源流の川より
まだ山奥からの谷川で作られています。本当においしいお米だと思います。(山の家はすべてよしだ
さんが作られたお米をお出ししています。)近い将来この辺りのお米を「ブランド米化?」して農家の
みなさんの労働が報われるお手伝いができれば良いなと思っています。
※お米の収量は籾殻のついた重さですので、白米にしますと上に書いた重さから1割ほど減ります。
※すみません、今回は画像なしです。次回稲刈りの終わったたんぼでも撮ってきて追加しますね。
※※文章と画像追加します。(10/20)
まず訂正です。お米の価格ですが農協が買ってくれる価格は300円ではなくて200円でした!
私の思い違いでした。お詫びして訂正します。
写真は吉田さんの畑です。ボクたちに気がついてこちらに向かって歩いているよしださんが写って
います。

夏の思い出。
日時: 2009年08月24日
山の家の長くて”熱い”夏が終わろうとしています。ブログを書く時間もなく、お客様のお世話、
買い出しの繰り返し、”たまに”本業の会社を”のぞく"程度に出社。7月半ばから本当に
忙しい夏でした。私も”スキ”とは云え良くやると思いますが、ほぼ同じように頑張ってくれた
スタッフにも感心と感謝です。畑中君と小椋君ご苦労さんでした。それとシェフよしださん、
ありがとう。
さて、長い間おサボりしていたブログ。夏の思い出と称して画像など一挙公開です。
今夏の思い出は、メニューでは猪肉BBQ、鹿刺しと流し素麺、そして前を流れる上和知川でやった
魚のつかみ取りなどみんなバカ受け、大変よろこんでいただいたこと、お客様では例年のスポーツ
少年団やボーイスカウトに加え会社関係のリクレーションやセミナーに利用いただいたこと、また
JTB経由でアサヒビールさんのキッズプロジェクトにご利用いただいたこと、河合体操教室から幼稚
園児が60名も来てくれたこと、などなどなど。本当に息つく暇もないほど次から次へとお越しいただ
き山の家3年目でやっと認知していただけるようになってきた実感があります。和知の自然、山の家
の楽しさを紹介したい私たちとしては本当にうれしく思います。これからも”あの手この手”で思いで
作りやご利用者のみなさまが本当の意味で楽しめる"田舎”を目指したいと思います。
【※失敗談:さかなのつかみ取りは幼稚園児のために初めてトライ。隣村の養殖場から鱒を80匹
運んで来たら、なんとみなさん昇天。担当者の畑中君は真っ青!養殖場のおちゃんは10分くらい
大丈夫と大型の運搬用ポリバケツにふたをしたのが原因らしい。急遽80匹を3回に分けて運搬。
後はふたをせず網にしたので事なきを得ました。が、昇天した80匹はその後のお客様の食卓を
飾り、その後おなかの中へ。鱒の塩焼きが出てきたお客様はラッキーでした!】
では、写真に参ります。
●一発目は大好評”鹿刺し”です。一頭の鹿から僅かしか取れないロースを
刺身にします。味そのものは淡泊ですが、臭いも全くありません。脂身もないのでヘルシーです。
生姜醤油でいただきます。実は山の家では近くの猟師さんとタイアップして流通に乗せたいと思っ
ています。害獣駆除であっても命をいただくのだからただその身を捨てるのではなく、利用させても
らう方法を考えるのが、こちらの都合で駆除をする人間のするべきことだと思います。鹿はカワイイ
です。
●お次はこれもバカ受けの”流し素麺”の一コマ。写真はスポーツ少年団のみんなです。お父さん方
にも手伝ってもらって素麺を流しました。終わりがけに6年生が最後の合宿なので是非やらせて
ほしいと子供たちも手伝ってくれました。手伝ってくれたみんな、ありがとう。
●次は流し素麺”大人版”です。IT関係の会社数社が集まりセ2泊3日でミナーをしてくれました。
みんな20代後半から30代前半の青年ですが早朝から深夜まで、本当に良く仕事?する人たち
です。パソコン一つで稼ぐ彼らにはそれなりに見えない努力をしています。ちょっと写真がぼけて
いてすみません。
●ちょっと息抜きの写真です。玄関のガラス拭きをしていたら前のお庭がガラスに写りまるでそこに
あるように見えました。あまりにくっきりキレイなので撮ってみました。
●わんこ誕生!いつも猪肉や鹿肉を分けてもらっている田井家にいる猟犬が子供を産みました。
あまりにカワイイのでパチリ。いつも怖い顔で吠えられてるので近づきがたい犬ですが、さすがに
出産の後は穏やかで母親の”顔”でした。それでも怖いので田井さんのお母さんが1匹取り出して
見せてくれました。
●最後はちょっと”ショッキング”な写真です。心臓の悪い方はみないでね。
田井さんが通りがかりに今から猪の解体するから見にお出でと声をかけてくれました。前から見た
いと云っていたので仕事もほったらかしで田井家の解体場へ。さっきまで畑を荒らしていたイノシシ
です。狩猟期間ではありませんが、害獣として猟友会に依頼がくるので法律違反ではありません。
でも夏場の猪は脂身がなくおいしくないです。多分猟犬の餌になります。成仏してね。
水銀灯つきました!
日時: 2009年05月14日
山の家玄関前のテラスに水銀灯がつきました!
春から秋にかけて山の家のメインメニューはバーベキューです。オープンエアのテラスでみなさんに
楽しんでいただいています。が、今までは屋根からのサーチライトやコールマンのランタンだけでお
食事の終わるころは手暗がりでご不便をかけていました(ランタンはそれなりに好評だったのですが)。連休に水銀灯を仮設で設置したところ、真昼のような明るさでその威力にびっくり。これは本格的に
全体を照らせるようにとゲートの上に設置していただきました。
写真は山の家専属電気屋さん兼、なんでもお願いしている昭和電気の三嶋さんに、年甲斐もなく?
高いところで作業してもらっているところです。三嶋さんは私たちが山の家に関わった当初より色んな
相談にのっていただいている心強い味方です。またあれも直して、これもお願いしますと無理難題を
二つ返事で聞いていただいているやさしいおじさんでもあります。ご自宅が山の家のすぐ裏で、突然
のSOSにも直ぐ駆けつけてくれます。そして山の家はもとより地元や近隣集落、そして林業・農業の
歴史や現状など何を尋ねても答えてくれる私たちの先生でもあります。
尚、紅白に塗り分けられたゲートは昔のままで塗り替えたいと思いながら...。近いうちにスタッフの
坂本くんと小椋くんがやってくれる筈です。宿守はもうお年なので下から指図することにします。三嶋
さんより若いのですが...。
わちを元気にしようかい(会)?
日時: 2009年04月26日
久々のブログです。
冬場の雪の多い時期は山の家もしずかでしたが、春の芽吹きとともに山の家にも活気がもどってきました。連休前の週末、山の家で地元「和知」の活性化について懇談会をしました。京都府、京丹波町の職員の方々をはじめ道の駅の責任者、おとなりのウッディパル(キャンプ場)管理者、アウトドアツアー主宰者、そして地元の村からと山の家スタッフも加わり10名以上が集まりました。
少子高齢化と若年層の都会流出で日本の農村はどこもそうですが過疎化に悩んでいます。農業が見直されたり、興味のある若者が増えてきたり、UIJターンを促進したり、世の中の動きとしては農業や農村が話題には上りますが、現実には人口が増える気配はまったくありません。過疎対策は人口増加と思いますが日本全体が人口減少のなか、田舎の人口を増やすのは並大抵の努力では無理です。またすべての過疎地域が生き残ることも無理です。将来の農村のビジョンをもっている方は行政内でも少ないのではないでしょうか。
なんで山の家が過疎対策?と思われるかも分かりません。事情を話せば長くなりますが、地元で親しくなった高齢者から、あぁ長男を東京の大学にやったのは失敗やった、とか子供は今更こんな田舎には帰ってきてくれん、とか私が死んだらどないしょう、とか近い将来の不安を持たれています。
先祖代々受け継がれてきた土地を誰が継いでくれるか、と云う不安と圧倒的に一人住まいが多い高齢者自身の健康と老後の不安がひしひしと伝わってきます。幸いと云うか、田舎の方たちは遠近含めて親類縁者が同じ村はもちろん、隣村とか地域におられてお互い密なおつきあいをされていますから都会のモノが心配するほどでもないとは思いますが、地域全体として都会へ行った子供たちが帰りたい、あるいは若者が住みたい魅力をどう作り上げていくか、がこの会のテーマでした。が、都会もんの我々と地元の壁は厚く、山の家に2年近く通っていてもこう行ったややオフィシャルな場では、あぁまだまだ信用されてないなぁとぼやきたくなる会でもありました。しかし山の家スタッフはめげません。地元の方々を主役に小さなことから始めます。山の家は都会の方たちの単なる憩いの場、宿泊施設でだけでなく地元活性化の拠点として、都会からやってきた人たちと地元住民の交流の場としてもっともっと活用され、結果として地元の活性化につながる活動をしていきます。なんか決意表明みたいになってしまいましたが、まずは京都府職員のよしださんから提案いただいた「かまど作り」にトライします。地元のじいちゃんに手伝ってもらって山の家の敷地に作ろうと思っています。経過はまたブログでお伝えしますね。
それと、地元産品(丹波黒豆を使った加工食品:、お味噌など)や農産物が流通がないため最終的には捨てられたりしています。もったいないことだと思います。ここは長年ビジネスをやってきた我々がなんとかお手伝いをしなければと思っていますが、これもあれも地元住民と我々の信頼関係が大事です。何れにしても、地元「和知」の産品を近いうちにEC(ネット通販)を立ち上げて販売のお手伝いをしたいと思っています。
長いブログですみません。懇談会の「まじめ」な写真を撮っていなくて、その後の「懇親会」の写真をアップします。懇談会だけで帰られた方が数名おられるのでこの場には10名くらいです。
それと、府のよしだ氏は「植物博士?」で翌日ちょっと散歩に行きましょうと誘っていただき山の家周辺の植物について大変興味深いお話を沢山聞かせていただきました。子供たちが来たときにワークショップなどもお手伝いできるので云ってね、と暖かいお言葉をいただき感激のスタッフでした。そのときにいっぱい花や木の名前を教えてもらったのですがほとんど忘れてしまって(よしださん、すんません)写真とお花の名前が一致するのがこれくらいでした。「山吹」の写真もご覧ください。


積雪情報!
日時: 2009年01月13日
11日の日曜日日帰りで会食の予約が入ったので今年初めて山の家へ行ってきました。
先週来より冬型が強まり日本海側、京都府北部は雪が降っているのは分かっていました。
前日の夜にシェフよしださんから珍しく電話、何事かと思ったら”雪が相当積もってるけど
これますか。”と。当日の天気予報は曇りだったので、何とか行けるでしょう、時間が掛かる
かも分からないので早い目にでますから。と返事したものの少しは不安なのでチェーンと
軍手を準備して山の家へ。越冬?2年目になれば慣れたモノです。予報に反して快晴の
なか国道27号線から府道12号、51号と順調に進み、下乙見(地名)では”和知富士”が
白い衣をまとって目の前に現れました。

国道、府道とも除雪が行き届きチェーンなどまったく不要で山の家へ。下の写真は山の家
の手前の府道から、正面奥に見えるのが山の家です。除雪は早朝から降り続けば幾度と
なく除雪が入ります。

到着したばかりの山の家です。5ー60cmは積もっているでしょうか。これから駐車場の
除雪です。除雪車が通った道路脇は雪が押しやられて氷になっているのでここを突破する
のが最大の難関です。ここを突き破れば後はフカフカの雪なので腰への負担は随分楽に
なります。しかし雪深い田舎の除雪は大変な仕事には違いありません。行政が除雪して
くれるのは幹線道路までです。ほとんどの家では戸口からあるいは車が出入りする通路を
道路まで自力で除雪しなければなりません。それは殆どが女性、しかも高齢の方の仕事の
ようです。(高齢の女性の一人暮らしが多い。)

山の彼方から鉄砲のような音が時たま響きます。噴水でお世話になった猟師の”田井さん”
がまさかこの雪の中猪を追っているわけでもなかろうにと思っていました。よしださんとその
話しをしていると竹が雪の重みに耐えかねて折れる音だそうです。往路道路の雪に気を
とられて分かりませんでしたが帰りに良く見ますとあちらこちらで杉が折れています。
特に道路際の杉が隣に木がないともたれられないので折れています。そういえば道すがら
会ったおばさんから昨日の夜から停電でさっき復旧したところと聞いていました。
なるほど杉の木が折れて架線を切ってしまうんですね。たまに行くのは”きれいな雪景色”
ですが、そこで生活するのは本当に大変なことだと実感をしながら帰路につきました。

噴水・その後・・・
日時: 2009年01月04日
みなさま、あけましておめでとうございます。
本年も相変わりませず【和知山の家】をよろしくお願いいたします。
さて、昨年のことになりますが、年末の大掃除を兼ねてスタッフの小椋君、アシスタント?の坂本君
と山の家へ来てくれました。坂本君には「業務内容」絞り込んで「噴水」修復のミッションが・・・。
山の家へ行く途中のコメリで詰まっているパイプを途中で切って、接続できるパーツを買い、(詰まっ
ていた場合、カットした箇所から詰まりを取るため)初日彼ら二人で山中のタンクへ。詰まっていそう
なところでパイプをカットするも詰まった様子はなく、取水口からタンクへも順調に水は入っている
様子。原因不明のまますごすご帰還。そのまま年は越せんやろと翌日私も同行することに。下左の
写真は林道から見下ろしたタンク、中央やや上にある小さな黄色い点のようなのが約1M立方くらい
のタンクです。撮影距離約50Mくらいでしょうか。下右の写真は林道からタンク置き場までおりる坂道
というより崖です。なんども行くので坂本君が虎ロープ(工事現場で使う黄色と黒のあれです。)をフィ
ックス、伝って行けば、ま老体の私でもなんなく、と云うよりもずるずる滑ってタンクまで。


前日にカットした箇所を取り敢えず修復、詰まりを取り除こうともう少し下ったところのジョイントから
番線(針金)でシコシコするも特に詰まりもなく、再度前日カットしたところから番線でシコシコ、これも
応答なし。元にもどってタンクの出口からまたシコシコ、しかし詰まった様子なく、これは詰まりでなく
なにか物理の法則的に無理があるのではないかと思案。そうこうする間、取水口>カットした箇所>
下のジョイントの間を行ったり来たりする小椋君の写真が下の左です。中央左に少しパイプが見えて
います。ようく見ると取水口から最初のカットした箇所までほんの数メートル緩い登りになっている。
これくらいの登りは水の勢いとその後の落差で行くと思っていたが、これが問題ではないかと仮定、
カットした箇所のパイプを何回か思いっきり吸うと、なんとじゃばじゃば水が出てきたではないですか。
今までなんで出てきてたの、と思いつつ、ま、出たからいいじゃんと幾つかあるジョイントをチェックし
乍ら達成感に包まれつつ山の家へ帰った3人でした。下右の写真は勢いはまだまだですが、兎に角
水が戻った噴水です。


【追記】その後、暮れも押し迫って山の家へ行ったところ、残念ながら噴水は止まっていました。
なんとも手の掛かる噴水ですが、水のある池にはいろんな生物がやってきます。彼らには本当に
大事な水源なのです。また四季の移ろいにいつもある噴水がないのは誠に寂しく、これからも噴水
との格闘は当分続きそうですが、必ず原因を突き止めて谷川からの安定した取水で水量豊かな噴水
を取り戻そうと思います。坂本君”今年も”たのむで!
